世界一周トラベリングソング。

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戦争の傷跡、モスタル Mostar

サラエボから2時間半、モスタルというクロアチアとの国境にも近い山間の小さな町。
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サラエボのバスターミナル。モスタル行きは頻発。

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サラエボからの道中はずっと山岳地帯。そして渓谷地帯へ。

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有名なアーチ状の橋。戦争で大打撃を受けたモスタルだが、観光の目玉である旧市街はかなり復興が進んでいる。昔のような趣はなくなってしまったが、緑色の川とレンガ造りの家並みがなかなかよい。ただし、1時間もあれば見て回れるので、滞在する必要はないと思った。(が、イバナにつかまってしまったので、やることもなく半日ぼけっとすごしてしまった。)

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『ここだけ見ると中世みたい』と思った一角。ほんとにここだけ。

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お土産やさん街があることから推測するに、夏場はとてもにぎやかな町なのだろう。でも11月の今は完全に閑古鳥。

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この川は、天気がよければエメラルドグリーンに見えるらしい。

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モスタルに緑の川があるなんてまったく知らなかったのに、なぜかここに行く前の日にエメラルドグリーンの川でラフティングをする夢を見た・・・

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地元の女の子たち。英語も話せてかわいらしかった。

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モスタルの別の顔。
この町はサラエボほど復興が進んでおらず、戦争で被害を受けた建物の多くが今もそのまま放置されている。

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銃より大きな何か。

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空爆を受けたと思われる建物も多数放置されている

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車にも銃弾の跡が

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宿の前にも銃弾の家が。そんなモスタルでの夜はとっても怖かった。イバナめ・・・




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| Bosnien Herzegowina  ボスニアヘルツェゴヴィナ | 04:37 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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セクハラおばさんイバナとお茶を。

サラエボと言えばまず真っ先に連想されるのが変態おばさんイバナの存在だろう。
バス邸で日本人を待ち構え、日本人男子をプライベートハウスに連れ込んでは夜な夜なよからぬことをしでかすという、なぞのおばさんは、日本人旅行者の中ではとても有名な存在。

女子の私はきっと声をかけられないと思ったし、第一イバナはいつもいるとは限らず、彼女に会えないと宿へもたどり着けなそうなので、あらかじめ別のバックパッカーズを予約しておいたのだが、そんな時に限ってさっくりとイバナとバス邸で遭遇。噂通りピンクの口紅が気になりつつも、他の宿を取っているのだと言うと彼女は意外と親切にサラエボの情報などを教えてくれた。なんだ、結構普通のおばさんじゃない??
その後も旧市街で歩いていたらイバナが前方からテクテクやってきて、目ざとく発見されお昼に誘われるになったが、ピンクの口紅が気になったのでやんわりとお断りを。なんかすごくかかわりたくない・・・

そんなイバナと三度再会したのが、サラエボの次の町、モスタル。
バス邸に着くや否や、またしても彼女は私の目の前に現れる。
『日本人一人いる、あとで別の日本人一人予約予約』など、次から次へと日本人を売り文句に客引きを始めるイバナ。私も私で今後の旅行の情報がほしかったため、日本人の存在はありがたい。
そしてあっさり客引かれる私。まことに鮮やかな手口である。もちろんそんな日本人はいなかった。


なんでもイバナは『今日モスタルでやるコンサートを見に』朝一の電車に乗ってモスタルまでやってきたのだという。でもそれまで時間があるから、適当な宿に出入りし、即席の客引きになって宿代をただにしてもらったのだという。

すぐにバス邸に戻り次なるターゲットを探しにいったイバナ、と思ったら1時間もしないうちに、日本人男子を連れて宿に舞い戻ってきた、客引きとしては一流のようだ。

そんなちょっと嘘つきだけどなんか憎めないイバナと、ひょんなことからお茶をすることになった。もう一人客引きされてやってきた日本人M氏(童顔、30代前半)もまたイバナについては知っていたので、当然我々は真実を突き詰めるべく、誘導質問作戦で行こうと日本語で合図を交わす。と思ったらM氏、『イバナさんいろんなところの情報ノートでクレイジーイバナって言われてるけど、本当に日本人男子が好きなの?』と直球勝負。きゃーいいのいいのそんなこと聞いちゃって!?
ちょっとどきどきな私たち・・・が。
『べいりーないす!!じゃぱにーずぼーいデリシャス!!!私日本人男好きね、でも若いのだめね、情報ノートにクレイジー書く、私若いの嫌いね。』
とまくし立てるや否や、M氏に向かってウインク投げキッス、おまけにほっぺにぶちゅーっとすべく両手でM氏の頭をがっちりキャッチ。
ちょっとちょっと、ここではだめよ。
いやぁ、こりゃ『耳の中に舌を入れる』わな。この様子を見ているとそんなの朝飯前ぐらいな感じだ。

にしても、なんでこんなおばはんに日本人男性は体を許してしまうのだろうか。夜中に寝込みを襲われたら抵抗できないとM氏は言っていたが、私はそこに何か別の、大きな力を感じずにはいられない、男子サイドの事情というか・・・

自称34歳ぐらいらしいという噂だが、今日のイバナは旅先の開放感からか、あっさりと『60』だと認め、ついでにIDカードまで見せてくれた。その中には、嗚呼・・・若い日本人男性の証明写真が・・・

イバナはそれを見つめながら、ぶちゅーっとしていた。生贄。。。

『ミー若いときミニミニ、(ミニスカートのことらしい)デスコたくさん男ミータッチ、でもミー言う、ノータッチ!!!』
その後もイバナは自分の恋愛暦や結婚観など、饒舌にあれこれ暴露し、M氏の出発と同時に名残惜しそうに部屋を去っていた。そしてもう一度M氏に厚い口づけを交わそうと、漫画みたいにピンクの唇をM氏に突き出していたが、これまた漫画みたいに押し返されていてちょっと切なかった。

若い男の生き血を吸うって、まさにこのことだな・・・明日もまた新たな生贄がサラエボの町にやってくる・・・


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イバナの心をがっちりつかんでしまったM氏考案『ジャッキーチェンパス』
これを見せてジャッキーの兄弟だと言うと、いろいろと割引になるらしい・・・

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| Bosnien Herzegowina  ボスニアヘルツェゴヴィナ | 03:50 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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サラエボ

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話が前後しましたが、ボスニアのつづきです。
弾丸を受けた部分を修復した後。この建物のある通りはスナイパー通りと言われていて、山側から『動くものはすべて』狙撃されたそうです。この建物の傷の数が、襲撃のすさまじさを物語っています。

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これもスナイパー通り

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弾丸を受けたままの状態の建物もあちこちにありました。というか、サラエボのこの地区はこれがない建物はないのでは。。。

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ホリデーイン。内戦時、ジャーナリストが滞在できた唯一の宿だったそう。スナイパー通りに面し、前線にも近かったため損傷はかなり激しかったらしい。今は外観を修復していてその陰はほとんど見当たらない。

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住宅地の銃弾もそのまま

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当時の様子を描いた地図。町を取り囲むのは戦車。上部にはオリンピックスタジアム。当時はここが緊急の埋葬場になったらしい。今は広大な墓地として整備されています。

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スナイパー通りを渡る人々は文字通り命がけだった。

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博物館の敷地内に残されている戦車。

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オリンピックスタジアム横の墓地。イスラム教徒用墓地とキリスト教徒用墓地が隣合っている。
1992年前後に亡くなった人がとても多い。

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ムスリム側墓地


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改装中の建物が多いサラエボ。旧市街にて。

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サラエボ駅前

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駅前に忽然と現れるビル。戦争の面影は見当たらない。

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永遠の火、エターナルフレイム。オリンピックの聖火は今もサラエボの町で燃え続けている。

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第一次世界大戦の火種となった現場はこちら。

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平和を楽しむ人々。

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サラエボには、実は旧市街がある。

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どこか日本のような・・・

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ちゃぶ台!?

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縁側?

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レトロなトラムがよく似合う。

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しかし行き着く先はモスク。そう、ここはイスラム圏の西の果て。いよいよアラブが近づいてきた。

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マーケットはアジアのような青空市場

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一日中歩き回って見所を回り、翌日モスタルへ移動。




| Bosnien Herzegowina  ボスニアヘルツェゴヴィナ | 01:51 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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ボスニアヘルツェゴビナに行ってきました。

約10年前の内戦が記憶に新しいボスニアヘルツェゴビナ。
ドイツからユーロラインズで約18時間の直行便があったので、久々の夜行移動。というか、久々の旅行か。
お世話になったNさんから頂いたおむすび(!なんと中身は鮭と梅!)を食べながら、バスはあっという間にミュンヘン、さらにオーストリアとの国境を通過。と思ったらスロベニア、次に目を覚ましたらクロアチア、再び国境で起こされ本日5カ国目(!)となるボスニアヘルツェゴビナ入国!
スロベニアの出国だけ外に出てスタンプを押してもらったほかは、すべて車内でパスポートチェックのみだったが、頻繁に起こされるのであまりよく眠れなかった。
そういえばシェンゲンうんぬんでスロベニアの出国国境審査はどうだったかと言うと、ドイツビザがあったためスタンプを押されず。あとあとトラブルになるのはいやなので、自分からスタンプ押してくださいと頼んだら、『あ、ツーリスト?ドイツ人じゃないの?』みたいな事を言われ、入国スタンプも何もチェックすることなく、あっけなくシェンゲン出国スタンプを押されたのでした。スロベニア、思ったとおりいい加減。

そして明け方、外を見ると、ドイツとは別世界・・・ぼろい。家がぼろい。庭が汚い。森が荒れている。ああ、ここはまさしく未知の国・・・

一見ルーマニアのようなヨーロッパの田舎町なのだが、無意識に戦争の傷あとなるものを探している自分がいた。
そしてそれは突然現れる。
『地雷注意』
ドキンとした。その看板はバスが通る大通りのすぐ横に無造作に掲げられていた。
この標識を見るのは、カンボジア以来か。いや、あの時はTシャツで見ただけかもしれない。もしかしたら本物を見るのは初めてかも・・・

雑木林や路肩が整備されておらず、妙に雑然と木々が生い茂っていたのは、もしかしたら地雷のせいかもしれない。どこにあるか分からないから、人々は闇雲に荒地や空き地に立ち入ったりしないのでは?
そういえば、建設途中のような、壊れたような、どちらともつかない家が沢山ある。
そういえば墓地も妙に多い気がする・・・

疑惑を確信に変えられぬまま、バスは刻一刻と首都サラエボに近づいていく。
そしてついに現れた。

銃弾の跡を無数に残した民家、それもひとつやふたつではない。次から次へ、いや、よく見たら一見新しく見える家も、壁を上から塗りなおしている。状況が飲み込めぬまま、気がついたらバスの走る道の両側を、銃弾を受けた家が取り囲んでいた。


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bhの列車

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サラエボ中心地と錆付いたまま放置された列車。
サラエボは80年代に冬季オリンピックが開催された町としても有名。

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この写真を撮った反対側は丘になっている。盆地であるサラエボは、セルビア軍により完全に包囲されていたのだという。


続く。


| Bosnien Herzegowina  ボスニアヘルツェゴヴィナ | 06:52 | comments:3 | trackbacks:0 | TOP↑

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