世界一周トラベリングソング。

次の記事 | PAGE-SELECT | 前の記事

≫ EDIT

8日目③インド修行 インドスピティ

ぐんぐん進んで周囲に緑が増えてきた。
どうやら無事チャンドラ谷まで降りてきたらしい。
時刻は1時で、ここでお昼休憩。

P8167613.jpg
働いているのはもうインド人顔。ご飯を食べているのはチャンドラ谷まで観光に来たであろうインド人。
山を降りたんだなー。

P8167612.jpg
テントの中。
豆のカレーのターリーを食べた。とても素朴な味付けだったけど、山の中だし、疲れていたからおかわりまでしてしまった。周りの人々も山盛りおかわりしてむしゃむしゃ食べてる。こういう辺境でも、ターリーは食べ放題。
店の人がこまめにやってきてはみんなのお皿をチェックして、足りない皿にどんどんマサラを盛っていく。
言ったら客の入りはドライバー次第だから、ドライバーが気に入ればお客をごっそり連れてきてくれる。
気が付けばテンジンの兄貴も、サングラスとスキニー姿の若手ドライバーたちもみんな一列に並んでターリーをかき込んでいた。

ふと見るとレコンピオで一緒にパーミットを取ったチャリダーがやってきた。
自転車なのに私と同じペースだったの!?


P8167614.jpg
部屋がない家の跡。かと思ったら、屋根に帆布を張って簡易住居を作るらしい。
机や椅子にしている石の台はそのまま残してある。

さぁ、ロータンラまではあと一息!
再び全員がジープに乗り込んだかと思ったら、ものの5分で渋滞の最後尾に、そしてついにジープが停まってしまった。どうやらここががけ崩れ現場らしい。

ジープを降りて、グリーンピースを積んだ大型トラックの隊列を超えていくと、そこにあったのは。。。。

P8167615.jpg
あー。
一見行けそうな感じもするけど、段差があるので車では不可能。



P8167617.jpg
テンジンの兄貴が率先して道の修復を試みる。



P8167618.jpg
なんとか一筋の道ができた。ここを使って欧米人ライダーが数名川を渡っていった。
この非常事態に、ヘルメットにカメラつけて、対岸からやってきた旅行者にもカメラ持たせて、バイクにくくりつけたロープをみんなに引いてもらって見事に対岸への橋渡し成功!小型カメラの映像はこうやって撮るのね。

ほかの人たちもなんとかここを渡ろうと、石を投げ入れて道を作ろうとする。
私めも微力ながら小石を投げ込む。

しかし、対岸から歩いてきた人からの情報によると、この先も2、3箇所で同じような崖くずれがあって、ここを通過したとしても、この先のがけ崩れとの間で車が立ち往生するだけだと教えてくれた。

たまたまここで情報をくれた日本人のバックパッカーによると、がけ崩れはこの先10キロほどの場所に3つ、最後のが一番ひどく、運がよければ真ん中に取り残されているジープで最後のがけ崩れまで運んでもらえるかもしれないとのこと。

そうこうしているうちに同じ車にいた地元民は車を降りてどんどん川を渡っていく。
約10キロ先にバスが通る場所があり、そこからバスを乗り継ぐんだそう。

10キロか・・・2時間くらいかな。考えてみれば、徒歩なら渡れる進めるのはラッキーなことなのかもしれない。
幸いバックパックは軽くなっている。このまま待っていたっていつ通れるか分からないし、第一飛行機までもう時間もない。
カザからのバスがここで停まり、乗客が歩きだしたということは、きっと反対方面からも同じようにバスがやってきてスタックしているはず。

意を決してジープの屋根から荷物を降ろす。
白人女性とわがままそうなインド人女性に『まじか』と言われたが、まじだ。


さっきテンジン兄貴と一緒に道の修復を試みていたおじさんが一緒に歩くという。
だいたいの人はもう出発していたので、これは心強い。
それにおじさんはタボの人で、この道はもう何度も歩いていてとても詳しいそう。

おじさんによると、バスが待っているだろうという読みは正しいそうだけど、どうやら時間はかなりギリギリらしい。
『すこし急ぐぞ』と言われ、標高3000mで競歩ペース!バックパックは軽いといえども、坂道はきっつい!

極めつけに、目的地までの間に峠があり、おじさんの指示で急なショートカットを登る羽目に。
ひーーーー!心臓破れる!
バスの時間が気になるおじさんは、大きなバックパックを抱えたオランダ人風のカップルにもショートカットを行くように指示していた。しかしカップルのバックはオランダ人らしく、シャンプーポンプが50本は入りそうな巨大さ!当然へばってしまって車が通るなだらかな九十九道を行くと脱落していった。

峠へのショートカットはすごくつらくて、マラソン大会終盤のような極限状態だったのに、足元に広がる草花がきれいだなー!!ってことだけはよく分かった。つらくてもきれいだなって思えるほどきれいだった。チャンドラ谷からロータンラは高山の草花の宝庫なのです。


『たまには歩くのもいいだろう!』とおっちゃんに言われ、『いいや!二度とごめんです!』と叫んでいたけど、今はまたぜひあの道を歩きたいと思う。

P8167619.jpg
タボからやってきたおじさんと、2時間歩いたチャンドラの谷。
ぜんぜん余裕がなく、これはこの時撮った唯一の写真。
右の山肌からはいくつもの細い滝があって、足元には色とりどりの草花が咲き乱れていた。
あとで絶対に後悔すると思い、力を振り絞って撮った渾身の一枚。
見かねたおじさん、実は私の荷物を少し持ってくれています・・・
山の人本当に親切。困ったときに助け合うことが山で生きる人々の無言のルールであるかのよう。


約1時間半一生懸命足を前に出して進んだところに、教えてもらった通り2つのがけ崩れ現場が!
やったー!!!!
聞いていた通り2つ目のがけ崩れは本当にひどく、かなり激しい流れの間にぽんぽつんと残る岩をジャンプして超えなければいけない。水の勢いがすごく、岩がぬれていて滑りそう。それにいくつかの岩は不安定で、こんなところで風雲たけし城を思い出した!

そんな中でも地元の男たちが率先して手を差し伸べてくれ、身を挺して外国人や女性たちを渡してくれた。
身長が低い尼僧などは、岩の間を飛ぶのも命がけ。無理だ!とためらうも、若者が『だいじょうぶだ!とべ!』と手を差し伸べ、まるで命を預けるかのように尼さんジャンプ!ファイトー!!いっぱーつ!
いや、けっこう本気で危険でしたよ??


こうしておじさんや尼さん、数名の外国人ともども無事最後のがけ崩れを渡りきると、そこで待っていたのは遊牧中の馬の群れと、われらがヒマーチャルプラデシュ州立バス!やっぱり最後はあなたなのですね!!!
バスは私たちを待っていたかのように、すぐに出発。
同じジープに乗っていたタボの人に『お前も来たのか!』とちょっと驚かれた。
来ましたとも。これもそれもおじさんのおかげです。
そう思っておじさんを見ると、何ごともなかったかのようにバスの座席に収まっていた。
ヒマラヤの男、かっこよすぎだ!


ショートカットを登れなかったオランダ人たちはバスには間に合わなかった。
でもきっと、この道の間を往復して荒稼ぎしているジープに拾われることだろう。
バスまであと5キロぐらいの間でいくら取るのか聞いたところ、200ルピーだった。私はおじさんの分まで払ってでもいいから乗りたかったけど、おじさんが『ばかもの!高いんじゃい』と言って交渉さえしようとしなかったので、えーーーーとは思いつつも、ここまで来たら意地だ!歩くぞ!と思って歩き続けた。
それでよかったと思う。死ぬほど苦しかったけど、間違いなくこの旅のハイライトだった。

横を見ると、さっきの小さな尼さんたちが2人折り重なるように眠っていた。
体の小さな尼さんたちにとっては、この道は私が感じたよりももっと長い旅だったんだろうな。
起きたらこんどは窓に向かってゲーゲー。まさに修行ですね・・・


こうして無事コクサルのチェックポストへ。
ここは前にレーに行った際にも通った場所。
ここから見た山は一面雪をかぶっていてそれがとてもすばらしく、今回もそれを見るのを楽しみにしていたのだけど、この日は全ての雪が溶けてしまっていた。
おじさんによると、今年はチャンドラ谷も異常気象なんだそう。
そんなわけで川の水量も増え、土砂崩れが相次いでいるんだとか。。。


同じジープにいた若者はここでキーロン行きのバスに乗るそう。
キーロンはその昔一泊した場所で、それはきれいな谷の向こう側にある小さな町。
あとちょっと時間があったら寄り道したかったな。
彼はこれからキーロンで働くらしい。お元気で。

コクサルのチェックポストを超えると、バスはいよいよ最後の峠であるロータンラに向かって登っていく。
高山植物の可憐な花が咲き乱れる中、バスはどんどん標高を上げる。
この山の向こうはもうインド世界!
前に来たときと比べると、インド人ライダーの数がものすごく増えていた。
交通量も非常に多く、一部渋滞するほどだった。
幸いロータンラからはがけ崩れも無く、スムーズに山を降りることができた。
記憶だと峠からマナーリーまでは1時間程度だったような気がしたが、ところがどっこいそこからマナーリーまでが長かった!
峠から2時間ほどたち、ずっと見ていなかった樹木にあたりが覆われるごろ、バス休憩!!!
えええ!ここで休憩するってことは、まだあと2時間ぐらいはあるってことよね!?
そんなに遠かったっけ!!
もうバスの中の人はみんなグロッキーです。
朝4時に起きて、2時間も歩いているんだから!

マナーリーからの観光客がどんどん増えて、冬服をレンタルする店なんかも見えてきた。
これまたみんな金持ちばかりで、のんきにスマホで写真撮るあいつらが憎い。

このバスの中にいる人の半分以上はチベット族で、考えてみたらインド人にとっては移民バスみたいに見えるのかもしれないね。日本に突然ロシア人をたくさん乗せたバスが来たような。
今や一つの国となり、バスで行き来はできるものの、そもそもインドとラダック・スピティが一つの国なんて、無理があるんだよね。ヒマラヤの中とインド平原は、人も文化も全く違う。


こうして無事夕暮れごろバスはマナーリーに到着。
最後におじさんにお礼を言いたかったけど、お釣りをもらっている間にすーっとマナーリーの人ごみの中に消えていってしまった。
山の中で出会って一瞬助けあうことなんて、あの人たちにとっては本当に日常的なことなんだろう。
特別じゃないから、わざわざありがとうとか、どういたしましてとか、そういうやり取りを必要としないのかもしれない。

考えてみたら、山にいる間にいつも色々な人のちょっとした親切に助けられてきた。
こうして大都会(?)のマナーリーに来てみると、みんな自分のことしか考えていない、誰も困った人を助けない冷たい町にぽいっと放り出されたような気分になった。
山を降りたことがこんなに寂しく心細いと感じるのだとしたら、今回の旅はきっとすごい経験ができたんだろう。
ここ数年の旅の中では間違いなくナンバーワンの素晴らしい旅だった。


雨の中、何件目かに入ったホテルで荷物を降ろし、夕食を食べに行った。
マナーリーはだいぶ変わっていたけど、見つけたレストランはおそらく以前も入ったところじゃないかと思う。

ちょっとだけスピティのホームシックではあったが、インド人のウェイターのおじさんがあれこれ親切にサーブしてくれ、インドだっていい国だってことを思い出した。
くったくたの身で食べたバターチキンも最高においしかった。

そして極めつけに3日目ぶりのホットシャワー!!
ここまで来ると軽く禊です。

なんやかんやトラブルが多かったけど、お疲れさん!
明日はまた移動、日本まであと一息。

関連記事
スポンサーサイト

| India インド スピティ | 23:16 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

COMMENT















非公開コメント

TRACKBACK URL

http://chori.blog5.fc2.com/tb.php/1177-f4c995fb

TRACKBACK

PREV | PAGE-SELECT | NEXT