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カンボジアアンコールワット旅行記 スマイルと食中毒に尽きるの巻

14年ぶりにカンボジアに行くことになりました。

記憶ねぇ。

これを機に、古い旅行記をググって探し当てた。自分のなのに行方不明。
大学生の時のです〰今いくつやー。




はじめに

c_ankor.jpg
比較的新しい時代になり、その神殿はある日突然現れたのだという。 長い長い間、鬱蒼と茂るジャングルの中でひっそりと息を潜めていたのだ。

中学の地図帳が紹介したアンコールワットは、私にとって長いこと、 人に発見されることがない密林にたたずむ神秘と冒険の象徴なのだった。

深い深い熱帯雨林の奥、こだまする不死鳥の雄叫び、ぬかる足元、迫り来るベンガルタイガー (どこの国だ)
神秘の宮殿アンコールワットは、そう簡単に私たちを招きいれてはくれぬであろう。ああ、 憧れのアンコールワット・・・!!その姿を一目見ることができるのなら、私は神の呪いをも恐れない!! 二度とこの国に戻れなくとも、私は、私は・・・!!!

やがて、パックパッカー1年目の私は知る。どうやらバスで行けるらしい。
JTBからガイドブックが出ていた。

「ちょっとアンコールワット行ってくる。」
おかんにそう言い残し、タイのついでに行ってみることにした。
ベンガルタイガーに食われることより、彼氏と一緒なのがバレないかどうかのほうが心配だ。



バンコクから国境へ
時間がないのでビザは東京でゲット。
バンコクからアンコールワットのあるシェムリアプまでは、 お任せツアーや列車乗り継ぎ・国境であるアランヤプラテートで一泊・この際飛行機でひとっ飛びなど、行き方様々。

アメリカ一人旅でゲイのターゲットにされて以来、 白人恐怖症になってしまった貧乏で時間のない相方のため、欧米人ばかりのツアーを避け、 自力でカンボジアまで向かうことにした。

バンコクからシェムリまでは一日あれば余裕でたどり着く距離だが、 夜間の移動は多少危険を伴うらしいので、日没までにはたどり着かなくてはならない。
そんなわけで、昨日タイに着いたばかりの相方は、わずか数時間後、生まれてはじめての アジアのバスに乗せられていた。



アランヤプラテート タイの東の果て

初めてのタイ東部方面の旅。特に印象もなくバスは無事国境の町アランヤプラテートへ。
バスターミナルから国境まではバイタクかトゥクトゥクで移動。
アランヤのトゥクトゥクはなぜかリムジン仕様で豪華だ。椅子の角度が45度ぐらいある。なぜだ。
我々は迷わずもっと安いバイタクと交渉、がしかし相手は一台だけだ。
タイのバイクは3人乗り4人乗りは当たり前なので、かまうものかと乗り込んだものの、 相方のバックパックはバイクからはみ出し、一人腹筋の痛みに悶絶していたらしい。
「息吐いたら落ちる」
「・・・バックパックあるから平気じゃん?」




OVER THE BORDER ←昔からこの言葉が好きだ。

国境のすぐ横は大きなマーケットになっていて、買い物客や東へ西へ流れる人々でごった返していた。
ところで私にとってはまともに足で超えるはじめの国境。そしてこの国境は、初めてにしてはちょっと強烈すぎるくらい エネルギッシュで活気に溢れた場所なのだった。

c_gate.jpg

賄賂を要求されたらどうしよう・・・ドキドキする私の横で、 親父たちは賄賂をばら撒きどんどん横入りしてくる。

その間にもどんどんと国境を越える人々の群れ。 地元の人々は気軽に行ったり来たりしているのだろうか。大きな荷物を抱えた一団が何度も通りすぎていく。
やっとの思いでスタンプを押された自分のパスポートを手にすると、いざ国境越えへ!
バスでも飛行機でも列車でもなく、 自分の足で超えられる国境!しかもこの国境ときたら、中間地帯というものがなく、いきなりタイ!いきなりカンボジア!! なのだ。

c_border.jpg
とんでもなく積みすぎ。


「ハローあたしのかさに入ってよ!!」って、あなたカンボジアの子でしょ! ここタイですから!!

ちびっこ商売人に苦戦していると、なにやら聞こえるうめくような声が。
「ハローマダム、ハロー、1ダラー、ハロー」
目をやると、そこにはたくさんの老人や手や足を失った人々・・・

今でこそ陸路で簡単に行くことができるアンコールワットだが、ついこの間まで、 この国は悲惨な内戦が続いていて、今では、「アンコールワットの国」というよりも、 「地雷の国」のイメージがすっかり定着してしまっている。

今となっては手の指が6本あったぐらいじゃなんとも思わないが、 あの頃、戦争の爪跡も飢えも難病も知らなかった私は、その光景には目をそらさずにはいられなかった。いきなり相当打ちのめされた。

アンコールワット以前に、これからずっとこんな光景をみなければならないのかと思うと、 とても気が重い・・・



カンボジア 国道2号線

国境の町ポイペトに入ると、たくさんの客引きに囲まれる。この中からシェムリ行きの車を選ばなければならない。 言い値は皆聞いていたものより高い。すっかり困り果てていたら、東洋人らしき3人組が現れ、その中の一人、どケチな華僑マレーシア人のおかげで そこそこ安い車をゲット。

国道2号線は未舗装な超でこぼこ道で、砂埃に悩まされることで有名だが、私たちが乗るのは中型のバスだったので、 泥もスコールも心配なし。なぜか欧米人のじい様ばぁ様だらけで、一体なんのバスなんだ・・・ でも安いからいいか。

それにしても欧米人というのはすごいな。杖ついてるじいさんまでいる。 まさかお金がないわけではあるまいし、彼らはきっと、このデコボコ道を通過することさえ 旅行のアトラクションだと思ってるんだろう。ピックアップの荷台で死にそうになって アンコールワットに行った旅人などは、アンコールワットそのものの話よりも、ピックアップの恐怖ばかり 語り継いでいる。飛行機や観光バスで「道中」を跳ばしてしまうなんて、彼らにしてみたらそんな もったいない話はないんじゃないかな。もちろん私も同感。お金があっても、ローカル手段を使う 醍醐味はここにある。

c_bus.jpg
このバスは思い出深い。14年たっても忘れないよ。
途中道が寸断されて迂回したっけ。スタックした時にみんなで押してみたり。


そういえば、3人組は前日アランヤで一泊していたらしい。結局早朝バンコクからやってきた私たちと 同じ時間になっていた。国境でのバス探しには、なんだかんだで1、2時間もめていたから、ちょっとだけ時間オーバーだ。

なにはともあれ無事出発。出発してしばらくは、道もそこそこいいが、路肩には 国境にいた体の不自由な物乞いの人がそこらじゅうに座っていた。そういえば、 彼らにお金を払わないと先に進んでくれないピックアップがあると聞いていたが、このバスはお構いなしに ものすごい速さで2号線を突き進む。

やがて街が尽き、ひたすら広がる広大な田園地帯に入ると、いよいよ道がガタガタに。 相当ひどいとは聞いていたが、前回旅したミャンマーの道とどっこいどっこいな感じ。思ったよりは まともだが、時には「なんで!?」と思うようなありえないくらいどでかい穴が開いててびびった。
途中道がぬかるんで通れなければ、バスは颯爽と畑に突っ込み堂々と迂回する始末。 それでも足がとられ、乗客全員が降りなくてはいけないこともあった。 でもまだ砂埃やスコールに見舞われないだけましだ。でも最後尾に座ったのは失敗だった。 隣の相方は、時々びょーんと跳ね上がり、思い切り天井に頭をぶつけていた。こんなことが 6~7時間、次から次へと視界に入ってくる落とし穴を見る度、もううんざり・・・



シェムリアップ到着
日が暮れる頃、道はやっと舗装路に変わり、いよいよアンコールワットの街・シェムリアプに到着する。

案の定老人会はシェムリアプ一豪華なホテルへと消えていき、残された私たちは有無も言わさず某ゲストハウスへ強制連行。

サンシャインとかなんとか言うそのゲストハウスは、ホットシャワーが出るくせにツインで3ドルという ありえない安さ。一同なんとなく納得し、おとなしくチェックイン。付け加えると、 宿代より、宿がアレンジするバイタクのほうが数倍高い。

うわさの日本人宿とやらにも興味はあったが、ここのフルーツシェークはとてつもなくうまかったので、なんとなく宿を変えることなく居座ってしまった。 そのうまさといったら、宿にいた白人のおねぇ様方が一気に3回おかわりするぐらい。そういえば、 岐路草原の真ん中で腹を下して女の子がいたけど、あの子かも。飲みすぎに注意。
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| 2001カンボジア | 23:55 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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