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サラエボ

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話が前後しましたが、ボスニアのつづきです。
弾丸を受けた部分を修復した後。この建物のある通りはスナイパー通りと言われていて、山側から『動くものはすべて』狙撃されたそうです。この建物の傷の数が、襲撃のすさまじさを物語っています。

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これもスナイパー通り

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弾丸を受けたままの状態の建物もあちこちにありました。というか、サラエボのこの地区はこれがない建物はないのでは。。。

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ホリデーイン。内戦時、ジャーナリストが滞在できた唯一の宿だったそう。スナイパー通りに面し、前線にも近かったため損傷はかなり激しかったらしい。今は外観を修復していてその陰はほとんど見当たらない。

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住宅地の銃弾もそのまま

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当時の様子を描いた地図。町を取り囲むのは戦車。上部にはオリンピックスタジアム。当時はここが緊急の埋葬場になったらしい。今は広大な墓地として整備されています。

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スナイパー通りを渡る人々は文字通り命がけだった。

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博物館の敷地内に残されている戦車。

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オリンピックスタジアム横の墓地。イスラム教徒用墓地とキリスト教徒用墓地が隣合っている。
1992年前後に亡くなった人がとても多い。

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ムスリム側墓地


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改装中の建物が多いサラエボ。旧市街にて。

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サラエボ駅前

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駅前に忽然と現れるビル。戦争の面影は見当たらない。

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永遠の火、エターナルフレイム。オリンピックの聖火は今もサラエボの町で燃え続けている。

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第一次世界大戦の火種となった現場はこちら。

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平和を楽しむ人々。

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サラエボには、実は旧市街がある。

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どこか日本のような・・・

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ちゃぶ台!?

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縁側?

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レトロなトラムがよく似合う。

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しかし行き着く先はモスク。そう、ここはイスラム圏の西の果て。いよいよアラブが近づいてきた。

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マーケットはアジアのような青空市場

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一日中歩き回って見所を回り、翌日モスタルへ移動。




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| Bosnien Herzegowina  ボスニアヘルツェゴヴィナ | 01:51 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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