世界一周トラベリングソング。

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2004年ラダックの旅。

仕事が暇なので、昔の旅日記を引越ししてみます。
懐かしの2004年インドの山奥・ラダックの旅。
基本は昔書いたものに、ちょっとつぎはぎして、写真を大きくしてみました。せっかく絶景続きだったのでね。


ラダックというところについて。
ラダックとは、インドの山奥のそのまた山奥・ヒマラヤ山脈の一角にあるチベット文化圏の秘境です。
インドとチベットとヒマラヤを愛する私にとって、長年夢見ていた憧れの土地なのでした。

今となっては、東に中国・西にパキスタンとの停戦ラインを抱え、地理的にはとても微妙な場所ですが、遠く中国政府から離れている立地条件だったため、消えつつあるラダック文化を今もなお持ちつづけた「チベットよりチベットらしい場所」なのだそうです。

しかし、そこは一応インド。インド人もいれば、チベット難民もいる。
ネパールからの出稼ぎ労働者も沢山だし、西のカシミールの人々だってこぞって商いにやってくる。
西にゆけば花の民、東へ向かえば乾燥した高地に生きる秘境の民。
このサイトでも、沢山の「顔」をアップしました。

多国籍な雰囲気と、貴重なチベット文化両方を感じ取れる街。
すばらしいの一言です。
高地フェチとして、民族衣装フェチとして、そしてチベット的美男子フェチとして、こんなにおいしい街はない。(あ、食べ物もおいしいデス。)

出発
これ、放送禁止だね。でも勇気をもって放送します。
出発の前の日の私の部屋。いつもこう。大体AM3時くらいまでになんとか片付ける。
断っておきますが、私は散らかすのも得意だが、片付けはもっと得意。ちなみにこれはなつかしの武蔵小杉のおうちざんす。今は知らない色のカーテンゆれてます。
片隅に元同居人、この惨事の中で普通にネット作業中なお姿から推測するに、慣れた光景だったのでしょう。


出発 (1)
相方、来る途中靴を買い、空港で紐を通し、出国審査のあとで歩き方を買う。


------7月3日 DELHI-1
デリーに着いたのは真夜中の2時。
散々危険危険と言われているこの空港から、無事メインバザールに辿りつけるのかしら。。。
今日は早くも夜行列車で移動したいし・・・チケット取れるかな・・・・取れなかったらいきなり通路泊かしら。。。
インド1日目にして、早くも不安でいっぱい!

出発 (7)
深夜のデリー空港税関前、迷子のねこくん。敵はインド人だけではない!?
 
デリーでは、深夜のタクシー移動が危険なのは超有名。
私たちは税関前の荷物受取場所で夜を明かすことにする。
ここはとても広い上、ひっきりなしに到着便があるので人もたくさんで安心。

夜中にデリー空港についたら、のんびり待つに限るのです。
外に出たら、もれなく頼んでもいない旅行会社行きなのです。


そして、日が昇ったらいざ市バスで出陣。
昼間でもなんでも、タクシーでもオートリキシャーでも、空港でタクシーに乗ったらもれなく頼んでもいない旅行会社行きなのです。

そういえば、天気予報じゃインドの最低気温は30度だと言っていた。
インドに着いたと言ってもエアコンがんがんの空港じゃ、ホントに40度の灼熱の国だなんて、実感が湧かないな。。。
が、そんな戯言も一歩外に出た途端にすっとんだ。
「やばい。」
暑い。暑い。暑い。朝6時なのに出発時の日本の真昼なみの暑さ!

うざいほどいると聞いたタクシー運ちゃんは一人もおらず、とてもとても静かな朝の空港。
エアポートバスの気配もない。
どうやら乗り場と逆の出口に出てしまったらしく、遠くにそれらしきバスが見えたのであわてて手をあげる。
客引きが死ぬほど多いところで、誰にも客引かれずむしろ自らアピールしているって。。。

無事エアポートバスを見つけるも、名ばかりで、ただのローカルバス。というか、ローカルバス以下。
よくもまぁまだ走っているなぁという代物。
一国の玄関口でもこれなんだから、先が思いやられます。

色んな荷物と汗まみれの人々をかきわけ狭いシートに無理矢理バックパックを押し込む。

朝なのに強烈すぎるオレンジのでっかい太陽。
大好きなブーゲンビリアの並木。
そして朝トイレの風景!!
3年ぶりのインド。
ああ、何も変わってない。。。!!!!

・・・いんだか悪いんだか。

夜中着の緊張から解放され、何も起こらずすんなりエアポートバスに乗ることができ、すっかり安心して10分で睡眠モード。
肩を叩かれた時にはすでにコンノートプレイスに到着。
一瞬「?」な場所だったが、3歩歩いたら思い出した。

見たことある!ここ覚えてる!

はじめてここに降ろされたらきっとぼられ放題だろう。
でもここは3年前いやって程往復した道!
この先の路地からならリキシャーに乗れるはず。
値段は確か8Rp!


駅前の通りを走り、メインバザールに向かう。
キランゲストハウスも牛もジュース屋も何も変わってない。
お目当ての宿も即決。
ここまで全て順調、危険なデリーで何事も起こってないよ!!

ルーフトップレストランで余裕たっぷりな私たち。
昔デリーにいたとき、深夜にデリーにやってきたツーリストの 70%以上が悪徳旅行会社の件でトラブルに遭っていた。(200%と言う人もいるくらい)
今だに私は分からない、たった数時間空港で過ごすだけで確かな安全が保証されるというのに。。。
(今ならツイッターで拡散したいぐらいだ。)


列車のチケットを買う
ニューデリー駅には案の定「チケットオフィスは移転した」と言ってまわる輩がうようよしているが、普通に2階に外国人専用ブッキングオフィスがあるのでお気になさらず。
※彼らの目的は客をコンノートの悪徳エージェンシーに連れていくこと。今日は閉まっただの時間がかかるなど色んなことを言ってくるが、まずは自分の足で確かめないと。※

同じ飛行機に乗って日本人男子が早速タオルを頭に巻いて現れた。

さてさて、懸念されていた当日券はなんなくゲット
。全然並ばずに済んだ上、「一番上の段」まで指定できた。
「ファミリーか女の子と同じコンパートメントにしてね」も忘れずに。
ドルで払ったら正規レートのルピーでお釣りをくれた。
またしてもスムーズ。
(いや、正確には、さっき空港のチャイ屋で3ルピーのお釣りを返してもらえず、日本人の悲しい性かな、愛想笑いでその場を辞してきたばかり。)

相方はおばさんのカウンターに行ってしまったため、なかなかお釣りを返してもらえず立ち往生。
(インドのおばさんは学歴があってプライドが高くケチが多いので、こういうところではおやじを選んで並ぶとスムーズ。)


インドの暑さに敗北
無事チケットゲットできて、お部屋で一休み。
が。
どんどん上がる気温、窓のない部屋で気を失うかのように寝入る二人。
お昼すぎの一番暑い時間に起きてペットの水を飲んだら、熱い・・・水が湯になってる・・・
これは。。。マックしかない!!

今はどうだか知らないけど、当時メインバザールにはまともにエアコンが効いてるレストランは皆無。
こんなところで徘徊するぐらいなら、ちょっと遠いがコンノートのマックに避難すべし!
ついでにCITI BANKでお金を下ろす。
ATMの後ろからめっちゃ人の声。手動か!?

そうそう、CITIもマックもなんも変わっていなかったが、唯一の変化はメトロの出現。まだ工事中だが、数年でコンノートやオールドデリー地区をメトロで移動できる日がくるはず。(もうできたのかな??)


マック考察
マックにドアマンがいるのも、マックのエアコンはあまり効いていないのも全然変わってない。
いいおやじが揃ってソフトクリームを食べている姿も(笑)
出発 (12)
インドではマックも一種のステイタス。マハラジャの息子はおらんかね??


出発 (11)
インドはもちろんお牛様NG、豚もムスリムが多いので好まれず、マック要の牛肉と豚肉が使えない。
そこで出現したのが、ベジタリアンミートバーガーとか、このパニール(チーズ)サンドなど。
味は未知のスパイス。私たちの知っているカレーには入っていない何かなのです。

他にもインドマックには不思議がいっぱい。
なぜかレジではインド人同士でも英語を使用、従業員は髭を剃って小奇麗。
マックに限らず外資系の飲食店では髭は禁止らしい。

しかしながら宗教上の理由で髭を剃らないシクのお兄さんはというと、特別に髭をリボンで覆っていた。
髭を剃らせたり、髭があるから雇わなかったりしたらそれはれっきとした宗教差別。
異なる宗教が共存していくために、臨機応変さは欠かせませぬ。

気温が下がるまでマックで粘って帰路につく。
道、覚えてるもんだな。

日が暮れるとメインバザールまで歩くぐらいはどうってことない。
今日はこれから一人移動が控えてるため、夕食は抜いておく。


本日は夜行移動。
到着初日ってのも難だが、初インドの相方をデリーに残し、私はアラハバード行きの夜行列車に乗る。
Allahabad Agriculture Instituteの指導員に就任した大学の同級生を訪ねるのです。

相方はというと、誰も行かないようなラオスのど田舎などを一人で訪ね歩いているようなヒトなので心配はしていなかったが、メインバザールですれちがいざまインド人に乳揉まれていた。
まいっか。命あれば。

ニューデリー駅は夜にもかかわらず沢山の人。
繰り返されるアナウンスが懐かしい。
プラットフォームナンバーを聞いたら20だかそれくらいの番号だった。
さすがはインドの上野駅!大きいな~。

電車も結構長くて、自分の車輌も見つけづらい。
係りのおやじ乗る車両の場所を聞き、リストの中に自分の名前を確認し乗り込む。
一番上のベットにバックパックを置き、すぐに鎖をくくりつける。

下は女の子も含めた3人兄弟と老夫婦か。
老婦人にナマステと挨拶しておく。
コンパートメントの人と仲良くしておくべし、はインド通J子さんアドバイス。

横ではおねえさんが男の人とお別れをしている。
涙がないところをみると兄妹だな。あ、顔そっくり。


今日は安眠できそうだ。


靴もベットに上げ、扇風機除けに巻きスカートを腹にセッティングすると、走り出したか出さないかぐらいで速攻就寝準備完了。

下でファミリーがお弁当を広げている。
私は今夜断食中。
おいしそう、早くインド飯喰いたい~。。。
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| 2004インド・ラダック | 22:09 | comments:2 | trackbacks:0 | TOP↑

COMMENT

べさ王
そうだねー。私も結構忘れてて、なつかしんでます。
ヘナったベサ手画像があったから、デリーのところにあとで追加しとくね。
これからしばらく続きますよ、なんせラダックまでですから。

| ちょりこ | 2011/01/17 14:18 | URL |

すごいなぁ。

何も覚えてない・・・。
読んだら半分くらい思い出した。

私足が太いなあぁ・・。
手はきれいね。相変わらず。

| へさお | 2011/01/17 00:36 | URL |















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