世界一周トラベリングソング。

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マナーリー・レーロードの恐怖再び

LEH ROAD TO MANALI 2004/7/24

とうとうレーを去る日がやってきた。マナーリー行きのジープは、深夜2時にバススタンド横から出発する。パッキングを済ませ、そのまま寝ずに深夜1時ゲストハウスを後にする。人っ子ひとりいない深夜、車内で爆睡していたタクシードライバーをたたき起こし、ジープが出発するバスターミナルへ
他に欧米人4人とインド人1人を乗せ、ジープは深夜のレーを出発。

■地獄のドライブ
私的に、行きのドライバーの恐怖運転がかなりトラウマだったので、まず最初にドライバーの薬指の指輪とフロントガラスの神様シールを確認した。神と家族があるのなら、少しはまともなやつだろう、、、、
が。甘かった。平地なはずなのに、なぜかしば感じるG!ありえない猛スピードで、昼間なら1時間はかかるウプシまでものの数十分でついてしまった。さっきまで騒いでいたイタリア人らも皆言葉を失っていた。
断崖絶壁ロードに突入しても爆走運転はとどまることを知らない。

こういうときは寝るに限る。何も見ない、何も知らない!!

こうして私は気絶した。


眠っていたおかげで、行きで苦しめられた5000Mを超える峠は知らぬうちに終わっていた。
ただ夜だったこともあり、やっぱりすごく寒くて、ショールを頭からかぶり、ほこりとよだれ対策をかねバンダナを口に巻いて月光仮面みたいにしてみた。
大学の先生だとか言うスペインはちょっとかっこ良かったが、知らん知らん。

がしかし、隣の無駄にでかい男たちがすんごい寄りかかってくるのがもう最悪だった。自分らの半分くらいしかない東洋のか弱い月光仮面じゃなくて乙女に全体重かけてくるか普通!
あとで知ったがこの時爆睡している私らの姿はイタリアーノのカメラにしっかりと収まっていたらしい。というか、相当おもしろがられてたらしい。。。あんなんで寝られるなんてアホだって。
どうやら爆睡している私を背景に、イタリアーノがピースサインをしている画など、見るに耐えない問題作がこれからヨーロッパで待つ友人知人に紹介されるとのこと。まーじーでー。

こうしてほぼ寝ながらにして苦しかったポイントを次々と通過。ころあいを見て起きたつもりが、気づいた時には既にセルチュ付近のチェックポスト付近だった。もうレーロード後半。

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パスポートチェックしている間、テントホテルとやらのトイレを拝借。こんな高地なのに、洋式だし、ちゃんと水洗。

ジープの荷台シートにいたスペイン人の女の子は、欧米人とは思えないぐらい小さく、そしてハイジのように素朴で、ずっと鼻歌を口ずさんでいた。なるほど彼女は森林保護員で、見た目も中身もとってもナチュラル。一度マナーリーに戻ったら今度は同じ道を途中まで引き返し、スピディに行くのだとか。こんなに純粋に旅を楽しんでいる欧米の女の子、なかなかいないなー。

彼女が日記をつけながら、今日何曜日?と聞いてきて、そこにいる誰もが答えられなかった。みんなあの不思議な町で、いつもの時間を忘れてしまったらしい。こうしてマナーリーに戻るのは、実際の標高だけでなく、感覚も天国から下界に戻ったような気分。

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やがて太陽が高く高く昇り、川が幅を増し、あたりに緑があふれだした。いよいよムーンランドともお別れ。ダルチャのチェックポストを過ぎれば、もうそこは「下界」。キーロンもとっとと通過し、あとはロータン・ラだけ。

ところが峠への道で車が前に進まなくなってしまった。
車を降りてみると、なにやら人だかり。彼らが眺めている先は・・・ななななななんと、ジープが落下してる!・・・・ヒィィィィ。
・・・やっぱり、落ちるんだぁ

さすがに一致団結してドライバーに忠告してみた。不謹慎だが、ジープはまだ落ちたてで、ガラスは粉々、もうぺちゃんこだった。一歩間違えれば、自分たちだって・・・いろいろと恐ろしいドライバーに出会ってきたが、多分人生で最もあの世に近づいていたと思う。

そんな事件を目にし、行きで出会ったロータンラの裏側の絶景もあっさりと通過。心身ともに疲れ果てていたので、あれほど感動した景色にもほとんど心を動かされることもなかったのが残念でならない。

この旅最後の峠・ロータン・ラを越えればもうマナーリーはすぐそこなのだが、疲労から車内はすっかり沈黙。行きが飛行機だった他の人たちからしたら、もう永遠にたどり着かないのではないかというほど、先の見えない長い長い道のりだったのだろう。「あともうほんの5時間」と教えてあげたら軽くキレていた。

こうしてたった一日でレーからマナーリーまでを移動し終えた。懐かしい「インド人だらけ」を目にした時、思わず生還を喜びあってしまった。性別や国籍を超え、なんか妙な団結感さえ生まれていたように感じだ。
ああ皆さん、生きて返ったよ。ありがとうインドの神様!


■絶景ドライブのススメ
小さなころからドライブしながら外の景色をじっと眺めているのが大好きだった。ずっと飽きずに外ばかり見ていた。
そんなおかしな癖のおかげで、私にとっては移動時間も貴重な旅の工程のひとつなのです。

たとえばチベットへ。陸路4日のドライブだったが、その間に退屈だと感じたことなど一度もなかった。次々と色を変えるチベットの大地は、目を伏せている暇などない。どの姿も幻想的なまでに神々しい天空の国。
黄金のベンガルと称えられるバングラデシュの大地では、夕暮れが特にいい。紫に染まる空を背景に、椰子の茂みは、まるで影絵のように黒く浮かび上がる。
カンボジアのあぜ道では、ハンディキャップを背負いながらも、力強く田畑を耕す人々に出会った。

同じに見える景色でも、そこに住む人々の庭は全部違うし、干されている洗濯物の色も全部違う。空気も天気も匂いも。
映画のフィルムのように、一枚一枚は違う絵で、一枚一枚を丹念に見ていたい。

このレーロードは、もちろん未舗装で恐ろしいぐらいの悪路な上、標高はあほみたいに高く、距離だって長い。決して楽なものではないが、もしもまたレーにいくことがあれば、私はきっと次もこの道を選ぶと思う。風景が変化するスピードはとても速く、山も刻々と風貌を変えていく。そして何より、いくつもの山を超えてラダックの村にたどり着いたときの感動が忘れられない。山にはばまれ、下界から閉ざされた奥地で暮らす人々の集落にたどり着いた時の喜び。こうして時間をかけて来なければ、秘境がどれだけ閉ざされているのか実感できないのではないだろうか。
もうどうしようもなくしんどいけれど、もしかしたら、神様見れるかもしれないよ??

■MANALI
マナーリーでは、運良く角部屋ベランダテレビ付きのやたら明るく広い部屋をゲット。
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宿からの眺め。

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一目散にシャワーを浴びた。 全身埃まみれだし、なんか肌がすすけている。もう本当によれよれだった。
このあと例のイタリアーノなどと食事をしようということになっていたが、横になった途端動けなくなってしまった。

■ACCESS
TATA SUMOというインド製ジープにて。レーのバスターミナルを深夜2時出発・マナーリーには夕暮れ前に到着。
料金はシートの位置によって異なるが、真中は1100Rp。荷台にとってつけたようなシートなら、数百ルピー安い。
ちなみに、レーの中心部から、バスターミナルまでの深夜タクシー料金は150Rpもした。深夜だから仕方ない。。。
キーロンからマナーリーは7時間。ジープでは、レーから17時間前後。
マナーリー発デリー行きの夜行バスは午後早くに出発してしまうので、当日は間に合わない。

GUEST HOUSE
T200Rp バストイレ・テレビ付。メイン通りのショッピング街内で一番南の通りを一歩入ったところにすぐ入り口がある。名前忘れた。
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| 2004インド・ラダック | 14:47 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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